広谷順子
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第3章 楽器とのふれあい

母は所謂、教育ママでした。3歳からオルガン、バレエを習わせてもらいます。
家には最初足踏みオルガンがあってその後電子オルガン、ピアノと上達に従って 楽器もグレードアップして行きました。

でも母は私から見てどちらかと言うと音楽音痴。
父はヴァイオリンを弾いていた祖父の血を受け継いだのか音楽好きではありました。 良く自己流にクラシックの曲をさわりだけピアノで弾いてましたっけ。
その少し不器用な白く細い指先がとても好きで良く覚えています。 何故か父の弾けるのはそれ1曲だけ、、何か思い入れがあったのでしょうか、、、

祖父が亡くなった時、棺にヴァイオリンを入れたのを見ていました。
今思うと何と勿体無い事を!更に後日弓だけが残っていたのを見つけて
「これでは天国でもヴァイオリン弾けないじゃない、、」と、、(笑)
祖父は沢山のピアノ伴奏の付いたヴァイオリンのピースを残してくれて、 私はそのピアノパートを片っ端から弾いてはいい曲だな〜と悦に浸っていました。
メロディーよりも伴奏に感動をしていたからでしょうか、 その後も曲を作るようになった時にはいつもメロディーと伴奏が常に同時進行でした。

教育ママはその後も続き、絵、習字、塾、、、子供時代の私は毎日スケジュールに追われて 忙しかったです。その中で実はバレエが一番好きで、ある日風邪をひいて高熱が出てしまい 「今日はレッスンはお休みだね、、」と母に言われてもどうしても「行きたい!」と 泣いて頼んで連れて行ってもらったほどでした。
そんなある朝、寝起きにくるくると回りながら踊っているとバランスを崩して転倒! どういう転び方をしたのかその瞬間から私の首は右に45度傾いたまま戻らなくなっていました。触るととても痛い!!
驚いた母が慌てて私を連れて近所の町医者へと駆け込んでくれましたが 当時はレントゲンなどもなく
「まぁマッサージでもすれば治るでしょう、、」との医者の言葉に畑の先にポツンと立つ マッサージ師のところへ、、首にシッカロールをつけてマッサージ。
痛いのに〜痛いのに〜!お風呂の中でもマッサージ!
しかし1週間経っても一向に良くなる気配なし!おかしいと思った母が武蔵境にあった 大きな病院へ連れて行ってくれました。
するとこれが何と逆療法だったとかで!! 首の骨が外れかかっていて後少しマッサージなどしていたら本当に外れて 取り返しのつかない事になっていただろうと脅されびっくり仰天!
即刻小児病棟の大部屋に入院する事になりました。
しかも頭を高くしてヘッドギアでベッドに固定されての絶対安静!本当に真逆療法だ!!
10日〜2週間ほど入院したでしょうか、、、

ピースとは

楽曲における規模の小さな作品。ピアノ小品など

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